第15章 抽象絵画と近代技術――ヴァルター・ベンヤミンの「アウラ」概念を手掛りに   秋丸 知貴

 
 なぜ、西洋美術において一九世紀後半以後、ルネサンス的リアリズムは凋落し、抽象絵画が新たな主流となったのだろうか?
 この問題について、本章は近代技術による心性の変容という観点から総論する。

  1 有機的自然の限界からの解放・近代技術的環境・象徴形式・イコン

 ヴェルナー・ゾンバルトは『技術の馴致』(一九三五年)等で、古来の「技術」とは質的に異なる「近代技術」の性格を、「有機的自然の限界からの解放」と定義する(1)。つまり、「近代技術」の近代性は、従来の「技術」に、一七世紀の科学革命により観念的・論理的に「有機的自然の限界からの解放」を達成した近代科学を結合し(2)、実在的・物理的に「有機的自然の限界からの解放」を実現することを意味する。
 また、ジョルジュ・フリードマンは『人間と技術についての七つの研究』(一九六六年)等で、産業革命の前後を区分する概念として、「自然的環境」と「技術的環境」を提唱する(3)。すなわち、「自然的環境」では全てが自然に基づいており、動力は天然エネルギーに頼り、技術は主に肉体の延長としての道具を用い、人間と外界の関係は直接的で共感的である。これに対し、「技術的環境」では、人工の占める割合が複雑に増加し、動力は脱天然エネルギーを多用し、技術は主に肉体から独立した機械を駆使し、人間と外界の関係は間接的で疎外的である。
 そして、このフリードマンの「自然」に対する「人工」の量的増加が質的変化を生むとする見解に、ゾンバルトの質的変化としての「有機的自然の限界からの解放」を代入すれば、この「技術的環境」を、より正確に「近代技術的環境」と再定義できる。
 これに加えて、エルンスト・カッシーラーは『象徴形式の哲学』(一九二三〜二九年)等で、人間は外界の刺激に直接反応するのではなく、精神的意味内容を具体的感性的記号で表す「象徴形式」の形成を通じて、外界と内面を調節し、感情と思考を調整し、認識と行為を調律し、環境への適応を可能にするとし、芸術は正にこの象徴形式の一つであると説いている(4)。
 さらに、ハーバート・リードは『イコンとイデア』(一九五五年)等で、そうした象徴形式の中でも、造形的「イコン」こそは、言語的「イデア」に先行する、人間の全文化領域を通じて最も基盤的・根源的な象徴形式であると論じている(5)。
 これらのことから、近代絵画における抽象化傾向について一つの新しい解釈を提示できる。つまり、「有機的自然の限界からの解放」を具現する近代技術による、静態的・立体的・具象的な自然的環境から動態的・平面的・抽象的な近代技術的環境への移行が、心性の変容とそれに伴う象徴形式の革新を通じて、イコンとしての近代絵画における、自然主義的なルネサンス的リアリズムの衰退と、脱自然主義的な抽象絵画の隆盛をもたらしたのである(なお、ここで言う「静態的」・「動態的」の区別は、人間の生来的・肉体的な知覚能力の一般的限界を想定している)。

  2 アウラの凋落

 そして、この自然的環境から近代技術的環境への移行を、別の角度からより具体的に表現したものが、ヴァルター・ベンヤミンの言う「アウラの凋落」である。
 例えば、ベンヤミンは「複製技術時代の芸術作品」(初稿一九三五年)で、「もし私達の同時代の知覚の媒体(メーディウム)における諸変化を、アウラの凋落として理解しうるなら、その社会的諸条件を明らかにできる(6)」と示唆している。
 ベンヤミンの「アウラ」概念は、第9章で見たように、対象が被る変化及びその時間的全蓄積と読解できる。また、同一の時空間上の主体と客体が相互作用により相互にアウラを更新し続ける関係を「アウラ的関係」、その際に主体が客体のアウラを注意(=意識を集中)して知覚することを「アウラ的知覚」と定義できる。
 本質的に、無媒介的(インメディエイト)な天然環境における生来的肉体と本来的自然の関係は、全てアウラ的関係である。従って、基本的に自然的環境における人間の知覚は全てアウラ的知覚であり、その自然な意識集中と五感全体によるアウラ的知覚に基づいて、人間は自然や他者と濃密で持続的な情緒的相互関与を行い、それに対応する自然主義的な表象体系を形成していた。
 そして、ルネサンス的リアリズムは、正にこの自然的環境におけるアウラ的知覚を必須的前提として成立する絵画技法である。なぜなら、その特性である精緻で具象的な写実描写には、対象との現前的で綿密な意識集中と五感全体による「感情移入(7)」(ヴィルヘルム・ヴォリンガー)的相互交流が経験上本質的に不可欠だからである。つまり、自然主義的再現描写の基礎は、対象と直接的に濃密かつ持続的に相互作用する、有機的・実時間(リアルタイム)的なアウラ的知覚である。
 これに対し、様々な場面で主体と客体の間に各種の近代技術が介入(メディエイト)し、「有機的自然の限界からの解放」が生起し、近代技術的環境が出現し始めると、自然なアウラ的関係は阻害され、自然なアウラ的知覚は減退し、「アウラの凋落」が発生する。
 このアウラ的関係が十全に成立していない脱自然的な「脱アウラ的関係」における知覚を、「脱アウラ的知覚」と呼称できる。そして、この脱自然的な脱アウラ的知覚の一般化により、従来の自然なアウラ的知覚に基づいていた静態的・具象的・立体的な自然主義的象徴体系は退潮し、新たに動態的・抽象的・平面的な近代的象徴体系が勃興することになる。
 すなわち、「アウラの凋落」と近代絵画における抽象化傾向は、同時代的並行現象と指摘できる(8)。

  3 近代技術による知覚の変容(1)――抽象絵画と写真

 まず、近代技術がもたらす「アウラの凋落」の代表は、一九世紀中期以後普及する写真である。
 つまり、写真は、カメラ・オブスキュラの投影像を感光剤で支持体に定着させる近代技術である。そして、その無機化学的な表層的結像性の介在により、観者と被写体のアウラ的関係は破綻する。
 事実、対象の外見の感光的転写に過ぎない写真では、被写体のアウラ、すなわち持続的経験体としての物質的要素は欠落する。そのため、原理上、全ての写像は単なる「形」と「色」という自律的な二次元的造形要素に還元される。
 その上で、写真では、観者と被写体は常に同一の時空間上に存在していないので、両者の原物的・直接的・五感的・集中的な相互交流としてのアウラ的関係は断絶する。そのため、観者には脱アウラ的関係による脱アウラ的知覚が生じ、究極的に観者は、単なる「抽象模様」としての空疎で無反応な写像をただ視覚のみで共感なく一方的に傍観するだけになる。
 結果的に、こうした脱自然的・近代的な写真による知覚の変容、つまり脱アウラ的知覚の一般社会への漸次的・全面的浸透が、その心性において制作面でも受容面でも近代絵画における抽象化傾向を強力かつ不可避的に促進した現実的・実際的な要因と推定できる。
 この写真による「アウラの凋落」の近代絵画における抽象化傾向への反映の過程は、第9章から第12章で見たように、象徴派のギュスターヴ・モロー、印象派の先輩のエドゥワール・マネ、前印象派のフレデリック・バジル、印象派のエドガー・ドガ、クロード・モネ、ピエール=オーギュスト・ルノワール、後印象派のポール・セザンヌ、ポール・ゴーギャン、フィンセント・ファン・ゴッホ、新印象派のジョルジュ・スーラ、フォーヴィズムのアンリ・マティス、キュビズムのパブロ・ピカソ等に辿ることができる。

  4 近代技術による知覚の変容(2)――印象派と大都市群集

 また、近代技術がもたらす「アウラの凋落」のもう一つの代表は、一九世紀中期以降台頭する大都市群集である。
 つまり、大都市群集は、単なる人口増加だけではなく、蒸気機関による商工業・運輸交通の高速的大量化を成立背景とする点で近代技術の産物である。そして、その機械的な高速的大量性の介入により、観者と通行人のアウラ的関係は脱落する。
 事実、人々が足早かつ無関心に行き交う大都市群集では、通常観者は通行人を一瞥するだけで、その一人一人と足を止めて親密で持続的な相互交流を行うことはない。すなわち、大都市群集では、観者と通行人の関係は極めて瞬時的で表面的になる。
 そのため、誰もが匿名気分で散歩を楽しめることになり、観者と通行人の原物的・直接的・五感的・集中的な相互交流、すなわちアウラ的関係は希薄化する。これには、さらに通行人の大量性による注意散逸も加わる。
 その結果、観者には脱アウラ的関係による脱アウラ的知覚が生じ、その度合に応じて、個々の通行人は、アウラつまり固有的具体性を欠いた単なる束の間の視覚印象に過ぎなくなる。やがて、観者には、視野に入る厖大で流動的な万華鏡的視覚印象全てと一度に向き合う特殊な知覚が生じる。
 この、本来全く異なる諸対象を区別なく一つの全体として受容する、具象的奥行の減少した動態的・疎外的・平面的・一望的知覚を、ヴォルフガング・シヴェルブシュは『鉄道旅行の歴史』(一九七七年)で「パノラマ的知覚(9)」と呼んでいる。そして、この大都市群集による知覚の変容を、外光の強烈で移ろいやすい視覚効果への関心等と共に造形化したのが、正に個々の原色的な色斑から画面全体を構築する、印象派の「筆触分割」的斑点描法と指摘できる(図1・図2)。


図1 ピエール=オーギュスト・ルノワール 《クリシー広場》 1880年


図2 クロード・モネ 《カピュシーヌ大通り》 1873年

 実際に、「筆触分割」的斑点描法の様式的特徴である、輪郭線的形体の解体と固有色的明暗の解消は、大都市群集的知覚における対象の静態的な具象的立体性の減退と呼応している。
 結果的に、こうした脱自然的・近代的な大都市群集による知覚の変容、つまり脱アウラ的知覚の一般社会への順次的・全体的浸潤が、その心性において創作面でも鑑賞面でも近代絵画における抽象化傾向を強引かつ不可逆的に推進した具体的・実体的要因と推定できる。
 なお、街頭風景における鉄道や自動車や飛行機等の移動機械の通過台数の増加も、その高速性と大量性によりアウラ的知覚を減衰させ、こうした脱アウラ的知覚をより強化する。
 また、第9章で見たように、それらの移動機械や建築内外に設置される近代照明の普及もまた、その感覚刺激の強烈化によりアウラ的知覚を衰微させ、こうした脱アウラ的知覚をより増強する。
 このように、近代技術の一般社会への浸透につれて、その知覚の変容は日常生活のあらゆる領域で普通化する。そして、そうした脱アウラ的知覚が通常化した環境では、印象派の「筆触分割」的斑点描法は極めて親しみ深い適応的絵画表現と感受されることになる。
 逆に言えば、保守的な批評家ルイ・ルロワが、革新的な印象派クロード・モネの《カピュシーヌ大通り》(一八七三年)の群集描写としての斑点描法を「無数の黒いかすれ」としか理解できずに批判したことは、古い自然なアウラ的知覚に基づいて新しい脱自然的な脱アウラ的造形表現を解釈した感性的=美学的誤解と解釈できる。そして、当初は非難と排除の対象であった印象派が、時間の経過と共に徐々に人々に支持され、さらに後続の近代画家達の基礎的な絵画文法となったことも、近代技術による知覚の変容の随時的・全般的進展という観点から理解できる。

  5 近代技術による視覚の変容(2)――セザンヌと蒸気鉄道

 また、こうした大都市群集と同様の近代技術による知覚の変容は、一九世紀中期以降世界各地で発達する蒸気鉄道でも生じる(10)。
 つまり、蒸気機関を直接的な動力とする蒸気鉄道では、その機械的高速性により、通常乗客は車窓に高速で展開される風景をただ一方的に眺めるだけで、風景の一つ一つを詳細に観察したり体感したりすることはできない。すなわち、蒸気鉄道でも、乗客と風景の関係は極めて刹那的で書割的になる。
 そのため、誰もが観光気分で遊覧を愉しむことになり、乗客と風景のアウラ的関係は散逸化する。これには、さらに風景の大量性による注意散逸も加わる。
 さらに、風景が常に電柱と電線越しに眺められ、時々切通しやトンネルではほぼ全く喪失されるにつれて、その架空性はより強まる。そして、この阻害傾向は、風景を車窓のガラス越しに眺める時にさらに明瞭になる。なぜなら、やはりガラスは、視覚以外の五感全部を抽象することで乗客の傍観者的な観光態度を一層涵養するからである。
 その結果、乗客には、脱アウラ的関係による脱アウラ的知覚が生じ、その割合に応じて、個々の風景は、アウラつまり具体的固有性を欠いた単なる束の間の視覚印象に過ぎなくなる。やがて、乗客には、視界に入る陸続たる奔流的な劇場的視覚印象全てと同面的に対面するパノラマ的知覚が生じる。
 こうした蒸気鉄道による知覚の変容を造形化したのが、印象派のエドガー・ドガである(図3)。


図3 エドガー・ドガ 《風景》 1892年

 これに加えて、「車輪線路」と「蒸気機関」の「機械のアンサンブル」で「有機的自然の限界からの解放」をより促進する蒸気鉄道は、乗客に様々な視覚の変容も加味する。
 そして、第3章で見たように、この蒸気鉄道による視覚の変容を造形化したのが、当初は印象派の一員であった後印象派のポール・セザンヌと特定できる(図4)。


図4 ポール・セザンヌ 《サント・ヴィクトワール山と大松》 1887年頃

 実際に、セザンヌの様式的特徴である、「視点の複数化」「対象の歪曲化」は、走行車内における視点の移行と、その視界の朦朧化に呼応している。
 また、その「構図の集中化」「筆致の近粗化」は、汽車の車窓風景では対象は遠景にあるほど視野中央で長く動かず、近景にあるほど視野外に素早く消え去ることに対応し、「運筆の水平化」は、平行に逆走する車外風景や、横ぶれする車内状景における対象の残像現象に相応している。
 さらに、その「前景の消失化」「画像の平面化」は、機械的速度の介入による乗客の風景からの視覚的疎外化に照応し、「形態の抽象化」「色彩の純粋化」は、蒸気機関と車輪線路の抽象運動による視覚の純化に一致している。
 そして、その「共感の希薄化」は、鉄道旅行における観光的傍観の成立と合致している。
 ここに、大都市群集による知覚の変容を表現する印象派に、セザンヌの画風が連続することの整合性を観取できる。

  6 近代技術による視覚の変容(2)――フォーヴィズムと自動車

 また、こうした移動機械的視覚は、一九世紀後期以降発展する自動車が、「ゴムタイヤ・舗装道路」と「内燃機関」により、移動的自由度を増し、「有機的自然の限界からの解放」をより推進することで、一層日常生活に浸透する。
 そして、相対的に制約的・受動的な蒸気鉄道に対し、このより随意的・能動的な自動車による視覚の変容を表象化したのが、第4章で見たように、正に「彩色の主観化」「素描の主観化」や、「色彩の純粋化」「形態の抽象化」、「彩色の過激化」「素描の過激化」を様式的特徴とする、アンリ・マティス、モーリス・ド・ヴラマンク、アンドレ・ドラン等のフォーヴィズムと判定できる(図5・図6)。


図5 アンリ・マティス 《アンティーブ、自動車の中から見た風景》 1925年


図6 モーリス・ド・ブラマンク 《ログニーの道》 1953年

 ここに、フォーヴィストの多くがセザンヌの支持者であると共に、セザンヌがあくまでも受動的感覚に留まるのに対し、フォーヴィズムがより能動的感覚を重視する合理性を看取できる。
 さらに、こうした水平的な陸上移動機械的視覚は、二〇世紀以後進展する空中移動機械である飛行機が、「機翼」と「内燃機関」により、文字通り人間を大地から離陸させ、「有機的自然の限界からの解放」をより増進することで、さらに垂直的要素も加算され、一層社会生活に浸潤する。
 この飛行機による視覚の変容では、特に飛翔の高度上昇による「地表の抽象化」が明瞭である。そして、そうした重力的束縛からの心身的解放は、陸上移動機械よりもさらに「視覚の抽象化」を純化する。
 こうした飛行機的視覚もまた、未来派は勿論、ヴァシリー・カンディンスキー、フランチェスカ・クプカ、カジミール・マレーヴィチ(そして、恐らくピート・モンドリアン)等の純粋抽象絵画の先駆者達に多大な影響を与えている。

  7 近代技術による時空間意識の変容――「象徴形式」としてのキュビズム

 これに加えて、これらの様々な移動機械は、さらに時空間意識の変容も導入する。
 なぜなら、移動機械はその機械的な高速直線運動により、主観的な時間と空間を大幅に縮小するからである。これは、時間と空間の固有的具象性の抹消という点で「アウラの凋落」の一形態である。
 事実、移動機械により、観念上、空間的には結び付くはずのない無数の遠隔地全てが時間的な隣接地として結合されると、従来の自然な一点透視遠近法的世界観は崩壊する。その結果、人々の意識には、本来全く異なる全ての場所がまるで同一平面上に一覧的かつモザイク状に並置されるような新しい超自然的な世界観が現出する。この新しい観念上のパノラマ的知覚を、旧来の一点透視遠近法的世界観に対し、世界同時性的世界観と定義できる。さらに、大都市群集・百貨店・博覧会等も、移動機械の高速的大量性を基盤とし、広範囲から頻繁に異質で多様な人間や物品を眼前化する点で、視覚上のパノラマ的知覚をもたらす。さらに、第7章で見たように、鉄とガラスの機械的な大量生産・大量運搬により普及するガラス建築も、屋内外を透明化すると共に鏡像を反射することで、視覚上のパノラマ的知覚をもたらす。
 また、こうした移動機械による時空間意識の変容は、さらに一九世紀後半以降流通する、各種の伝達機械や記録機械でも同様に成立する。
 つまり、電話は時間と空間を軽視し、無線は時間と空間を無視し、X線は時間と空間を透視し、写真は時間と空間を採集し、映画は時間と空間を編集し、蓄音機は時間と空間を復元し、ラジオは時間と空間を均一化する。さらに、伝達機械と記録機械による情報伝達の高速的大量化を背景とする新聞・雑誌等も、時間と空間を集中する。
 これらの伝達機械や記録機械による時空間意識の変容も、従来の自然な馴染みある知覚領域に突然見知らぬ異物が襲来する点で、やはり「アウラの凋落」の一様態である。その上で、やはり観念上や視覚上、そうした本来全く見慣れぬ全ての個別的空間は本性的に必要な時間を無化して近接させられ、単一平面上で総覧的かつ切子細工状に融合されることになる。
 そして、こうした近代技術による時空間意識の変容を最も明敏に象徴化したのが、パブロ・ピカソやジョルジュ・ブラック等による、正に一点透視遠近法を解体し、正面と側面を同時に総合するキュビズムや、元来全く異質な諸要素を同一平面上に配置するコラージュと同定できる(図7・図8)。


図7 パブロ・ピカソ 《ラム酒のボトルのある静物》 1911年


図8 ジョルジュ・ブラック 《グラス・水差し・新聞》 1914年

 ここに、蒸気鉄道による視覚の変容を実現するセザンヌの理論や実践にキュビズムが接続すると共に、キュビズムやコラージュの一点透視遠近法の崩壊が後進の先鋭画家達の基本的な共通言語となった必然性を読取できる。
 なお、これらの脱自然的な近代技術は全て、事象の継時性や土着性を撹乱する上に、いずれもマーシャル・マクルーハンの言う「感覚比率(11)」の変更による「五感の捨象化」や「注意の散漫化」を招来する。その意味で、これらの近代絵画におけるルネサンス的リアリズムから抽象化傾向への変転もまた、近代技術の機械的媒体(メディア)性の媒介による、主体と客体の「アウラの凋落」の反映と理解できる。

  8 世界同時性的世界観・二次元的平面感

 ここで注目すべきは、この近代技術による時空間意識の変容、つまり世界同時性的世界観が、自然な自意識を喪失し、「自我が世界に拡大する」と形容される問題である。
 例えば、マーシャル・マクルーハンは『メディア論』(一九六四年)で、「機械時代の間、私達は空間に身体を拡張していた。今日、一世紀以上の電子技術の後、私達は自分の中枢神経組織自体を地球規模で拡張し、私達の地球に関する限り空間も時間も抹殺されている(12)」と主張している。
 元々、一点透視遠近法的世界観は、主体が客体を截然と分離するルネサンス的合理主義精神の所産であった(13)。これに対し、世界同時性的世界観は、主体が客体を限りなく包摂しようとする近代技術主義精神の投影である。
 そして、ルネサンスの主客分離的世界観が、対象を三次元的立体感として描写する一点透視遠近法を創出したとすれば、この近代の主客融合的世界観は、対象を二次元的平面感として描出する別の表象体系を創造せずにはおかない。
 ここに、近代絵画におけるルネサンス的リアリズムから抽象化傾向への変遷の、もう一つの不可避的な歴史的必然性がある。なぜなら、本来三次元的立体性を持つ現実世界の対象を二次元的平面感を表すように表現しようとすれば、対象は必ず抽象化されねばならないからである。
 興味深いことに、一般に日本の伝統的精神風土は主体と客体が明確に分離していない主客未分離と言われ、その伝統的な絵画表現もやはり二次元的平面感を強く示している。その意味で、日本の浮世絵が近代技術が急速に発達する一九世紀後半以後の西洋にジャポニズムを巻き起こし、印象派以降の近代画家達に絶大な影響を与えたことは単なる偶然ではない。
 また同様に、パブロ・ピカソがアフリカ彫刻に興味を示したことに典型的な原始美術への関心や、児童画・素人画・素朴画の賞揚等も、一つはこの主客未分離的世界観の手本を求めた表れと解釈できる。
 さらに興味深いことは、この近代技術による「自我が世界に拡大する」という世界同時性的世界観が、丁度神秘主義者達が告白する「自我が世界に融解する」という超越体験と非常に酷似している問題である。さらに、これには同様の効果をもたらす、各種の飲酒体験や薬物体験も加えられる。すなわち、これらの世界観は全て、いずれも主体と客体の境界が極めて曖昧な変性意識状態である。
 その意味で、カンディンスキー、クプカ、マレーヴィチ、モンドリアン等の純粋抽象絵画の先駆者達の多くが、神智学や人智学等の神秘主義と深い関係を持っていたことは決して奇妙ではない。また、前衛的な純粋抽象絵画の開拓者達の多くが、時に酒類や麻薬等に嗜好を示しがちなこともまた、その善悪は別として、一つはこの「主客未分離」的世界観の見本を求めた現れと理解できる。

 以上のように、近代絵画における抽象化傾向には、近代技術よる知覚・視覚・時空間意識の変容、つまり心性の変容、より具体的には「アウラの凋落」が大きく影響している。
 ただし、改めて強調しておくが、純粋抽象絵画の成立要因は必ずしも一つだけに限定されない。なぜなら、元々絵画を制作する画家の動機は、意識的・無意識的を問わず一人だけでも極めて莫大で多岐に亘る上に、そこには画家個人の様々な心理的・肉体的諸条件は勿論、その画家自身が所属する多様な時代的・社会的諸状況が複雑かつ複合的に反映しているはずだからである。従って、その要因をただ一つの文脈だけに機械的・決定論的に還元することは恐らく無理で無意味である。
 それでもなお、近代絵画における抽象化傾向についての原因の一つとして、近代技術による「有機的自然の限界からの解放」「近代技術的環境」「アウラの凋落」がもたらす心性の変容に対する、新たな象徴形式としてのイコンの再編、すなわち外界と内面を調節し、感情と思考を調整し、認識と行為を調律し、新しい環境への適応を可能にするための新しい造形様式の再構築を想定することは決して不可能でも不合理でもない。
 いずれにしても、新たに勃興した動態的・抽象的・平面的な脱アウラ的知覚が、従来の静態的・具象的・立体的なルネサンス的リアリズムでは適確に表現することが本質的に困難であることは事実である。そしてその意味で、近代技術による心性の変容の普遍化につれて、近代絵画において、ルネサンス的リアリズムがその主流から陥落し、抽象絵画こそが新たな主流を形成したことには、良し悪しや好き嫌いを別として確かに不可抗力的な歴史的宿命性を確認できる。




 引用は全て、既訳のあるものは参考にして拙訳している。
(1)Werner Sombart, Die Zahmung der Technik, Berlin, 1935, p. 10. 邦訳、ヴェー・ゾンバルト「技術の馴致」『技術論』阿閉吉男訳、科学主義工業社、一九四一年、一四頁。
(2)この問題については、次の拙稿を参照。秋丸知貴「『象徴形式』としての一点透視遠近法――『自然』概念の変遷を手掛かりに」『モノ学・感覚価値研究』第七号、京都大学こころの未来研究センター/モノ学・感覚価値研究会、五四‐六二頁。
(3)Georges Friedmann, Sept etudes sur l’homme et la technique, Paris, 1966, pp. 7-69. 邦訳、ジョルジュ・フリードマン『技術と人間』天野恒雄訳、サイマル出版会、一九七三年、三‐六七頁。
(4)Ernst Cassirer, Die Philosophie der symbolischen Formen, 3 Bde., Berlin, 1923-29. 邦訳、カッシーラー『シンボル形式の哲学(一‐四)』生松敬三・木田元・村岡晋一訳、岩波文庫、一九八九‐九七年。
(5)Herbert Read, Icon and Idea, London, 1955. 邦訳、ハーバート・リード『イコンとイデア』宇佐見英治訳、みすず書房、一九五七年。
(6)Walter Benjamin, “Das Kunstwerk im Zeitalter seiner technischen Reproduzierbarkeit (Zweite Fassung)” (1935-36), in Gesammelte Schriften, VII(1), Frankfurt am Main: Suhrkamp Verlag, 1989, p. 354. 邦訳、ヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」『ベンヤミン・コレクション(1)』浅井健二郎編訳、久保哲司訳、ちくま学芸文庫、一九九五年、五九二頁。
(7)Wilhelm Worringer, Abstraktion und Einfuhlung, Munchen, 1908. 邦訳、ヴォリンゲル『抽象と感情移入』草薙正夫訳、岩波文庫、一九五三年。
(8)この問題については、次の拙稿を参照。秋丸知貴「ヴァルター・ベンヤミンの『アウラ』概念について」『モノ学・感覚価値研究』第六号、京都大学こころの未来研究センター/モノ学・感覚価値研究会、二〇一二年、一二九‐一三六頁;秋丸知貴「ヴァルター・ベンヤミンの『アウラの凋落』概念について」『哲学の探究』第三九号、哲学若手研究者フォーラム、二〇一二年、二五‐四八頁。
(9) Wolfgang Schivelbusch, Geschichte der Eisenbahnreise: Zur Industrialisierung von Raum und Zeit im 19. Jahrhundert, Munchen, 1977. 邦訳、ヴォルフガング・シヴェルブシュ『鉄道旅行の歴史――一九世紀における空間と時間の工業化』加藤二郎訳、法政大学出版局、一九八二年。
(10)この問題については、次の拙稿も参照。秋丸知貴「ヴァルター・ベンヤミンの『感覚的知覚の正常な範囲の外側』の問題について」『哲学の探究』第四〇号、哲学若手研究者フォーラム、二〇一三年、九五‐一一〇頁。
(11)Marshall McLuhan, The Gutenberg Galaxy: The Making of Typographic Man, The University of Toronto Press, 1962. 邦訳、マーシャル・マクルーハン『グーテンベルクの銀河系――活字人間の形成』森常治訳、みすず書房、一九八六年。
(12)Marshall McLuhan, Understanding Media: The Extensions of Man, New York, 1964, p. 3. 邦訳、マーシャル・マクルーハン『メディア論――人間の拡張の諸相』栗原裕・河本仲聖訳、みすず書房、一九八七年、三頁。
(13)Erwin Panofsky, “Die Perspektive als ‘symboliche Form’,” Vortrage der Bibliothek Warburg, 1924-25. 邦訳、エルウィン・パノフスキー『〈象徴形式〉としての遠近法』木田元・川戸れい子・上村清雄訳、哲学書房、一九九三年。

 本稿は、2010年1月17日に京都大学で開催されたモノ学・感覚価値研究会第6回アート分科会で口頭発表し、2010年3月に『モノ学・感覚価値研究』(日本学術振興会科学研究費補助金研究成果報告書)第4号で論文発表した、「抽象絵画と近代技術――ヴァルター・ベンヤミンの『アウラ』概念を手掛りに」を加筆修正したものである。

第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章 第8章 第9章 第10章 第11章 第12章 第13章 第14章 第15章

Copyright (C) Tomoki Akimaru.All rights reserved.

inserted by FC2 system